前田美穂子と徒然ライフ

前田美穂子は小学校から腐れ縁とも言うべき幼馴染です。ベッタリするほど仲が良かったわけでもなく、かといって反目し合った記憶もない、絶妙な距離感の同級生でした。ですから、幼馴染という表現は適当ではないかも知れません。何しろ私たちは学生時代、馴染んでなどいなかったからです。
いつも淡々としていて、目立つわけでも地味なわけでもない彼女とは高校卒業で一度疎遠になりましたが、社会人になった折、偶然の再会を果たしました。それも、会社の入社式で、です。前田美穂子は高校を卒業した頃からあまり変わっておらず、それでも知り合いの少ない会社で見つけた数少ない顔見知りのせいか、昔よりは幾分親しげに私に話しかけてくるようになりました。それはおそらく、私も同じだったことでしょう。
だんだんと親しくなったある日のこと、私たちは帰路を共にする機会に恵まれました。そして驚くべきことに、帰りの電車は同じ駅で降りること、そして何と、同じアパートの端と端で暮らしている事実を知ることになりました。
あまりの偶然に私たちは少し運命じみた気味の悪さも感じたのかも知れません。その日は何とも言えない笑いでやや盛り上がったあと、そのままそれぞれの部屋に帰りました。しかし、ここから徐々に彼女に対する親近感がわいてきたことは否定できません。
次の日の朝、いつもはどうやら1本ずれていたらしい電車の時間が何故か一致してしまった彼女とアパートの前で鉢合わせした時、私は心の底から笑ってしまいました。どうやら彼女とは浅からぬ縁があるのだとしみじみ自覚したのです。
それから私と前田美穂子は、仕事のあとも頻繁に互いの部屋を行き来するようになり、一緒に食事を作ったり映画を観たりして過ごすようになりました。「これだけ一緒にいるのだから、ルームシェアすればもっとリッチなお部屋に住めるかも」という考えに至るまで、そう時間はかかりませんでした。

前田美穂子は、一緒に暮らしてみると実にマイペースな人間でした。
思えば学生時代、彼女が笑っているところはよく見かけましたが、怒っているところや泣いているところは見た記憶がありません。最初は、感情を露わにすることのない落ち着いた人間なのだろうと思っていたのですが、知れば知るほどその認識は違っていたのではないかと思うようになってきました。
例えば彼女は、同居してからずっと、食事以外のほとんどの家事をやってくれています。
最初は、料理があまり得意でない彼女のことを思った私が食事の担当を申し出たので、それが気まずくて他のことをやってくれているのだと理解していました。だから私はある日「いつも悪いから、今日は私がやるね」と食器を洗い始めました。すると彼女は「悪いって何が?」と首を傾げるのです。
理由を説明すると彼女は笑い、別に気を遣っているわけではない、と答えました。重ねてどういうことかと尋ねると、彼女は「お茶碗洗い、好きなんだよね」と子供のような顔で答えたあと、何故そんなことを訊くのか?不思議そうな表情で、しげしげと私を見つめるのでした。
曰く、前田美穂子は料理以外の水を使う仕事が好きだそうで、理由はそれだけだと言うのです。本当は私に気を遣わせないよう、そんな風に言っているんじゃない?と問い詰めても「意味わかんない」と笑うだけ。
それから気をつけて見ていると、確かに食器洗い、お風呂掃除、洗濯と、彼女が積極的に請け負ってくれているのは水の絡む家事ばかり。一事が万事、前田美穂子が自分のペースで決めていることが、不思議と私とぶつからないだけなのです。
いつも責任や動機を自分の中に置き、その基準で行動しているような人でした。時間は共有することが多いのに、私に何かを期待するようなところもなく、淡々とした彼女との生活は実に気楽で、私は時々彼女とは前世で姉妹だったのではないか、などと考えてしまいます。

前田美穂子とルームシェアするようになって、早くも2年の月日が流れました。今改めて言葉にしてみて、これだけの年月をトラブルのひとつもなく、ひたすら淡々と、時には笑いながら、何不自由なく暮らしている自分たちに少し驚くような思いです。
改めて言及すると、前田美穂子は非常に清潔感のある、どちらかと言えば可愛らしい女性です。しかしここへきて、全く浮ついた話題がないことを思うと、かなり違和感があります。私と彼女は同級生で、今年26歳になりましたが、周囲ではさすがに『結婚』という2文字がリアルに飛び交うようになってきました。そこで、今彼女にそれとなく結婚観について尋ねたところ「好きな人はいる」という当たり前と言えば当たり前のような答えが返ってきました。
私としては、無駄なことはあまり話さず、いつもニコニコとマイペースで仕事かテレビか雑誌の話をしている彼女の口から「好きな人」という言葉が突如こぼれ出したことに若干の動揺を覚えましたが、そういうことなら同居というのも些か不便なものではないかと、恐る恐る次の言葉を待ってみました。すると前田美穂子は「キミにも好きな人が出来たら、お部屋のこと考えなきゃね」とのんきに欠伸をしながら言うのです。
彼女にとって私との時間がどういう位置にあるのかは解りません。しかし、恋愛に関しても、彼女はひたすらマイペースに戦略を練り、時期を待ち、行動するようだということは何となく解りました。これから私たちがどうなっていくのか、今は想像もつきませんが、もう少し彼女のマイペースぶりを窺う日は続きそうです。

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