庭野仁司は震災地の復興への道を模索している

2011年の3月11日に突然起こった東日本大震災で、震源地の東北地方は壊滅的な被害をうけました。地震や津波の被害はもちろんの事、もっとも重いのが放射能汚染でした。2015年になった今でも、東北地方の食物は制限され、出荷できない地域があります。

東北地方の野菜やお米、お肉などは、すべて厳しい審査をクリアした物しか出荷する事ができません。その為、通常の地域と比べてもより安全な品物を出荷していると言えます。最近、話題になっていた日本から出荷したひじきに放射能反応があったニュースも東北産ではなく、韓国産の物を輸入し、加工して出荷したものでした。

庭野仁司は、宮城県にあるお菓子メーカーの三代目です。庭野仁司の工場も一時期、津波は無かったものの地震の被害に合い、数百万もする機械が壊れてしまった事がありました。しかし、比較的被害の少なかった庭野仁司の工場は半年後に稼働を開始します。

しかし、風評被害からかお菓子は全く売れず、これまで契約していたお店からの依頼も無くなってしまいました。従業員の方の中には身内の方を震災で亡くした方もいらっしゃいました。庭野は、これまでの運営形態を一度凍結し、環境が落ち着くまで現状回復に努める事に決めました。

同じ市内で震災の被害に合われた方のためのボランティア団体を立ち上げ、参加者を募り、一刻も早く宮城を復興させる事に力を注ぎました。ボランティアと同時に、地元の野菜などを材料にしたお菓子作りも並行して行い、より地域のきずなを深めていきました。

そんな中で生み出されたのが、地元のお米と野菜をつかったオカキです。もちろん検査を通過した野菜しか使っていませんので安心して食べることができます。これを駅の売店やお土産屋さんで売り出すようになりました。庭野仁司が作ったお菓子が売れれば売れる程、材料として使っている野菜やお米を製造している農家の方の生活も安定します。こんな時期だからと、震災前にできなかった一人一人の食べる顔を想像しながら作成するお菓子作りは評判になり、県外からの注文も増え始めてきました。

国も頑張って復興しようとしてくれていますが、してもらえるまで待つような受け身にはならず、自分で立ち上がる事も重要だと庭野仁司は言います。庭野仁司は国よりも先んじた復興活動をしているのかも知れません。庭野の目指した復興への道はまだ始まったばかりですが、その眼には確固たる覚悟が宿っていました。

庭野仁司の話から感じたこと

普通にこういった話を聞いていると、やはり思うのは、この人は強靭な精神を持っているなということです。普通の人だったら、風評被害に遭った時点で諦めているところもあるかもしれません。そのことをひっくり返せるだけの力を持っている人なんて、少ないと思うからです。しかし、庭野仁司は全く諦めずに自分の力で頑張ろうとしているというその姿はとても美しいなとも感じました。

最近は、このように自分の力で頑張ろうという人は少ないように思えます。親の力を借りたくないと口で言っても、結局資金援助を受けてしまう人もいます。何か大きなことをしたいと言っていても、じゃあ何がしたいのと聞いてみると具体的なことも話せないという人もいると思います。こんなとき、庭野仁司だったら同じことを聞かれたとしたらスッと答えてしまうのだろうなと思うのです。

人間、心に芯を一本持っておくことが大事とはよく言います。しかし、それを持てている人と言うのは意外と少ないように思えるのです。今のような時代だからこそ、それは大切であり、彼の話を聞いてからは更にそれを強く思うようになりました。時代が進むにつれて、それはもっと顕著になっていくのだろうなと私は思っています。

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